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南京大虐殺はなかった!?

南京大虐殺はなかった。

そもそも日本には虐殺と言う概念がほとんどありません。城塞都市がないのも、虐殺がないので民衆を守る必要がなかったことを現しています。中韓のプロパガンダに負けるな!

中帰連(中国帰還者連絡会)中帰連(中国帰還者連絡会)

中帰連とは、中国帰還者連絡会の略で、支那の撫順戦犯管理所に戦争犯罪人として抑留された旧日本軍の軍人が帰国後の1957年9月24日に結成した団体。

戦後、支那に十年以上も抑留されたのに、支那に感謝の意を表しており、日本各地で「日本軍は、大戦中、極悪非道の悪いことばかりをした」と体験談を語って公演などを行っているのもこの人達である。
2002年に解散したが、「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」として事業を存続している。

大東亜戦争後、支那に1109名の日本人が抑留され、十年以上に渡り「日本軍が戦時中、非人道的な行為を行った」と
洗脳され続け、釈放後、日本各地で「反戦平和運動」、「日中平和運動」を行い、戦時中の日本軍の非人道的行為をあたかも自分たちがしたかのように語り、「南京大虐殺」などが広まった原因の一旦になっている。

そもそも、支那が、支那人を強姦や虐殺をし続けたと証言し続けてる人達1,000人以上を寛大な恩赦で釈放と言う時点で、あり得ない行為で、1,000名以上の洗脳した共産党のスパイを日本に解き放ったというのが事実である。

中帰連の人達の発言には矛盾が多く、最近では反日団体にすら相手にされなくなりつつあるが、テレビ局などで戦争体験を語る際に未だに時々出てきており、影響力は強い。

731部隊の生体実験や毒ガス、南京大虐殺、日本軍による現地人へのレイプなど多くの日本軍の悪行は、彼らの発言によって作られていった。何人かの有名な中帰連の人達を紹介したい。



金子安次金子安次

金子安次は千葉県出身の元日本兵で、中帰連の会員である。
大東亜戦争中に支那人女性に対する輪姦や強姦などを繰り返し、戦後、その体験を戦争犯罪の証言として数多く残している。

その証言もあやふやで「金子の上官が女を辱めた後、金子が手りゅう弾を投げた」と言う証言と「金子の上官が女を辱めようとして拒まれたから、手りゅう弾を投げた」という2つの証言が存在する。

また南京大虐殺にも参加して非道なことをしたと証言しているが、
年齢から考えると南京大虐殺のあった1942年にはまだ軍隊に入隊していなかったはずである。

そして、731部隊に所属して毒ガス攻撃を実行したと証言しているが、「非致死性のガスを使ったことがない」と言う証言と「非致死性のガスを使った」と言う証言の両方が存在する。

そして、決定的な矛盾として
金子が語った1941年10月に金子が所属して毒ガスを使ったと言う第59師団44大隊はまだ存在していない

近藤一近藤一

同じく中帰連の会員で全国で自身の行った戦争犯罪を語り歩いている。 TBSのNEWS23に出演したことでも有名である。「テレビでは支那人に対して悪いことをいっぱいした」と語っているが、支那のことを「偉大な中国」と評している。

篠塚良雄篠塚良雄

中帰連の一員でよくテレビに出ている。元731部隊に所属して、患者を全員皆殺しにしたと証言して歩いているが、年齢を計算すると当時14歳になってしまい、その頃に14歳が所属する部隊などなかった。

森下清人森下清人

中帰連の一員で元731部隊に所属したと言っている。731部隊での人体実験があたかも有ったかのように、実体験を語り歩いている。731部隊は重慶などから飛行機で人体実験用の患者を連れてきたと証言していたが、日本軍は重慶を陥落させていないし、占領もしていない。ちなみに森下も篠塚同様に14歳の時に731部隊に所属していたことになり、嘘がばれている。

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